12:Will meet again someday

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意地でぐっすり眠って   思いのほか すっきり   アタシは目を覚ました。   秋の早朝 温泉宿に独り。 夏は もう終わった。 風は熱を失ってしまった。 空は高くて高くて高過ぎて どんなに背伸びしても届きっこない。 夏の間の バカみたいに能天気で暴力的な入道雲は 姿を消した。 さらりとした秋の雲。 刷毛(はけ)で すぅっと ひとはきしたような巻雲(けんうん)が 薄く広がっている。 青葉は紅く色づいて 時に従い やがて 枝を離れる。 たとえ今 どんなに見事な盛りでも ね。 ちゃらちゃらと涼しい川音が聞こえている。 あのもみじはどこまで流れて行ったのかな。 まだ虫は鳴いていた。 私が眠っていた間もずっと 夜通し鳴き続けたのかな。 だけど それ は 夕べ とは違う。 何て名前の虫かわからないけど 確かに 夕べ聞こえていた虫のこえが 一つ 足りない。   あんなに 耳の底に響いていたはず なのに…   夕べの虫の羽音(こえ)は    今はもう聞こえてこない。   あれは 闇に解けたのか   それとも深く眠ったのか 外側へ張り出した桟(さん)に腰掛けて 早朝の 空を 川を見ている。 来年が来ればまた きっと夏は来るけど それはもう あの夏とは別のもの。 この秋も。 あの虫のこえも。 いつだってそう。 その時の “なか” にいると わからない。 いつまでも そのまま ずっと変わらずに続くような そんな 錯覚で 生きてる。 でも 終わる。 季節は移ろい 同じ “とき” は二度と巡ってこない。 わかっていたつもり だった のに。 そんな 簡単で 当たり前 のこと。 テーブルに置いた ケータイを見る。 着信も 受信もない。 あのメールは 保存ボックスに入れてやる。 ものごとは 常に形を変えていくんだから。 “それ”も そう。 例外などは ない。 つまり “永久に変わらないもの” じゃないってこと。 どんなに誓っても。 どんなに希(こいねが)っても。 出会い 共に過ごし 道を分かち でもまた 再会するかもしれない。 その時には アタシは今のアタシと 違う。 あいつも そう。
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