1:DEEP SEA

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…*序*…  たゆたゆと揺らぐ海水の立体的で複雑な揺れを、ジンは細胞で感じている。  シー ゴボゴボゴボ……。  シー ゴボゴボゴボ……。  落ち着いたリズムで呼吸音が聞こえる。他の音はない。  ぐんと海底が沈んでも体は重力にひっぱられたりしない。浮遊感を楽しみあたりを見回す。  視界はまあまあ。吐き出した泡が上がっていく。  貝やフジツボや何だかよくわからない物が着いたごつごつした岩、揺れる海藻。  目の前にいきなり大きな魚が現れ、目が合った。驚きを感じる間もなく、それはすいと向こうに泳ぎ消えた。    カンカン  タンクを叩かれてジンは振り返った。  チヒロのぱっちりした黒目がちの瞳はダイビングゴーグルの向こうでさらに大きく見えた。    ゆらりゆらりと結んだ髪束から解れた髪が水中で踊っている。  だけど、人魚のような優雅さなどなくて、どこか無様に思えるのは私だけなのかな。ジンは心の中で嗤った。  レギュレータを咥えたやや薄い唇をアヒルみたいに尖らせて、チヒロは笑ってジンを見ている。  排出された泡の柱が揺れながら昇っていく。    ジンはチヒロのハンドサインを読む。    親指を下に向け『潜降する?』 ゲージを向け『エアは?』  タンクのエア残量を確認した。  指で数字を表すとチヒロはオッケーサインを作り、親指を上に向けた。『了解。浮上しよ』  ゆっくり。ゆっくりと、ひらりひらり…フィンを着けた足で水を蹴り上がっていく。  小さな小さな輝く泡と共に。  それよりも速くならないように。  スピードを合わせる。  人に教えるためには、ちゃんと意識してやらなくちゃ、ジンはそう思いながら海上を目指した。  チヒロの腕がジンの肘を軽く掴む。  見れば同じスピードでぴたりと横に着いてオッケーサインを出す。『その調子でいいよ?上手』ってそのゴーグルの向こうの瞳で言う。  バディ  同じスピードで  同じところに顔を出すため  海上を目指して  浮上  水を蹴り、上がりながら下を見る。  揺らぐ海の中、目印もなくて、もうさっきまでいた場所がどこだったのかわからない。
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