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クルリと俺に背中を向ける。ヒラリとスカートの裾が翻る。フワリとバニラの香り。結月は鞄から本を出した。
「あのさ、待ってるから…早くね?」
ちょっとだけ振り返って笑う結月の、その言葉に押し出されて俺は見回りのため教室を出た。
だああっ!せっかくの短縮授業だっ!明るいうちに学校から放流されるんだ!
この後、結月と水族館に行くんだっ!ドルフィンショーの時間がっ!
ほとんど小走り状態であちこちを見回り、施錠が必要な教室は閉める。
あー!倉庫!グランドのショボい倉庫も、か。
ちょっと、昨日の今日なんでアレだけど……。
ともかくはやく済ませよう!結月!待ってろっ!
昇降口でスニーカーに履き替えるのも手間取る。
アレだ。面倒だとか思うと体は無意識に怠けンだ。いかんいかん。俺!職務遂行だ!
タッタッタと走り、手前でスピードダウン。
理由は考えたくないが、昨日のことがアレだ。
つか、あ、あれ?この香りは金木犀じゃないな。
この大人な香り。バラ。これは……
「ごめん。相川。ムリ」
はいぃっ?この声は、ハスキーな声は、羽宮類ぃっ?…あ。いや。わかってた。わかってたんだろ?俺っ!金木犀の中から嗅ぎ分けたバラの香りで、ここにいるのがダレかって。けど……。
「でも類は、そうなんでしょ?だったら」
「ごめん。ボクは……たぶん違うんだ」
「瀬良さんがいいの?」
えっ?今、結月の名前が?
「相川……」
「瀬良さんに言っちゃうかもしれない。私」
はぁぁと羽宮類のため息が、まるで耳の中に吹き込まれたみたいにゾクリとした。バックンと心臓が大きな音を立てる。
お?俺、なんかおかしな反応がっ?息を吸えば吸うほど金木犀よりもバラの香りが嗅覚を刺激している。
つーか……何の話を?俺はまた巨木金木犀の陰に身を潜めてしまった。
「類は、体は女子だけど心は男だって。あたしと付き合ってたって」
「あのな相川、そんな噂もうずいぶん前から出てンだろ?今さら」
「でも、現実に自分が頼りにしてる先輩がソウだって知ったら、引くんじゃない?」
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