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胸が痛い。体が動かない。
結月を見ようとしても、俺の目は瞬間接着剤でくっつけられたみたいに、海だけを見ている。
「……類先輩が助けてくれたの」
「なん…で?」
「たぶん…腹いせってやつかな」
「腹いせって……。そんな」
今度は、見えない敵がすぐそこにいるような気がして、俺の目は無意識にあちこちを見ていた。
誰かが、今この瞬間飛びかかって来ても、俺は負けない!逸る息で体が膨れたり縮んだりしている。
結月が、そっと俺の手に、その手を乗せた。小さく首振ったように思えた。
「それでね?」
落ち着け!俺っ!「あ。……うん」緩い風に乗って、薄く薄く何かが腐敗したような悪臭が鼻先でした。息を止め、覚悟してそっと吸う。
結月のバニラの香りが肺に届いてほっとする。
「類先輩、停学になっちゃったの……ダンケリのキャプテンを病院送りにしちゃって」
「……え……」すっげーなおいっ!羽宮類!お前、どんだけ強ぇーんだよっ!トン、と肩を押されてひっくり返った自分を思い出す。納得かも?
「でも、その理由を類先輩は言わなかった。卒業して高校に上がって……あたしが高校に上がった時にはなぜか休学してたの。その理由も類先輩が言わないから、あたしも聞いてないけど」
「そう……か」やっぱ男前だ。その理由を言ったり言い訳したり…しなかったんだ。
「あっ!でもやられてないからねっ!」
ギュッと結月を抱きしめた。
結月の手からシェークのカップが落ち、外れたプラ蓋がヒュルッっと吹いた風にさらわれた。カラカラと音を立て、違う場所に飛ばされていくカップとプラ蓋を、俺は目の端で見ていた。
「光太郎?」 「ごめん。知らなくて」
「当たり前じゃん。言わなかったんだもん」
結月は俺の腕の中でニカッと笑った顔を上げる。
「でも、だから怖くなった、ンだろ?」
笑顔が曇る。目のふちに涙が溜まる。下を向いた結月のおでこに唇を寄せる。バニラの香りが濃く熱く、揺れる。
「ごめんな。結月。俺、ちゃんと待つ…から」
ふ。くすん。
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