57人が本棚に入れています
本棚に追加
撫でている。ポツリ。落ちて来た涙の意味もわからない。ただ動けなかった。
離れた唇。初めて見る羽宮類の瞳に揺らぐ迷いの影。流れ落ちている涙。
羽宮類の裸の胸に導かれる俺の手。柔らかく潰されていく羽宮類の胸。きれいな胸だった。
「お前の使う“好き”は、単純で羨ましいよ」
「……へ?」
羽宮類はヒラリと手を振り俺を残して去って行った。
眠る結月の肩にそっとキスを落とす。
「んん……」
小さな声で結月は応える。けどまたすぐに眠りに落ちて行った。満たされた心と解放された体で俺は結月を抱き締めた。
結月の胸に手を置く。柔らかくて温かいそれを包み込んで、少し力を込める。
それからそっと押し潰す。くわえられた力をそのまま受け入れて、形を変える柔らかな肉。
……羽宮類……。
唐突に学校に来なくなった羽宮類のことを、俺は今でも時々思い出す。
結月に聞くとよくわからないと言って、なんとなく口ごもる。
あの日、何が言いたかったんだろう。羽宮類は、何がしたかったんだろう。
キスをする。結月の胸に触る。カラスを見る。街中でバラの香りに出会う。
そのたびに、迷う。
好きって単純なことじゃなかったのか?お前は何を求めていたんだ?
あの羽宮類の瞳の影の意味。
言葉。行動。そんな断片はどんな絵も形も創り上げない。
結月を起こさないようにそっとベッドを出る。
結月は幸せそうな寝顔で体をひねり、まだまだ眠るつもりらしい。バニラの甘い香りが揺れた。
冷蔵庫を開け、ウィスキーをコーラで割る。テラスに出ると、はだけた胸元にぬるい風が指先を忍ばせてくる。
飲みながら、また思い返す。羽宮類を。
いつまでこんな風に鮮明に思い出すだろうと、自分でも訝しみながら。
~完~
最初のコメントを投稿しよう!