1:DEEP SEA

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 私のいた場所は揺らぐ水の中だ。すぐに見失う。  潜り委ねれば、海流がいるべき場所に運んでくれるはず。  思い煩うこともすべてどこかに流されていく。     遠くに流されてしまいたい。  あの子から、ずっと遠くへ。    ジンは海上に頭を出し、隣のチヒロを見た。    たゆたゆと同じ波のリズムに揺れてチヒロはジンを見つめていた。      シャワーを浴びた後の汗を嫌ってジンはバスローブをはおった。  先に出ていたチヒロは缶ビールのプルタブをプシュッと開けてジンに差し出す。    「その恰好って誘ってくれてるわけ?」  「なわけないでしょ?ほんとチヒロって」    ジンは笑いながら、濡れた髪束をくるくると捩じり頭の上で止めた。    「何?冗談だと思ってるの?アタシは本気なんだけど?」  「はいはい。私はその気ないから」  「だったらどうしてアタシといるの?」  「バディだから」  「生殺しだぁ」  「何言ってんのよ?」  「あのさぁアタシは誰かの代わりでも、とりあえずいいからね?」  どきっとして顔が熱くなったジンは、耳に手をやる。  「……チヒロ、ないって」  ぱたぱたと手を振って言うジンを見て、くっと缶ビールを煽りチヒロは笑った。  「マダイ、いたね?」  話題が変わったことにほっと息を吐きジンもビールを飲んだ。  しゅわしゅわっと喉を冷やし潤して胃袋に落ちていくのがわかる。     「びっくりする暇なかった」  「登場シーンにテレビみたいな効果音は、ないからね」  「あ。そうだよね?心の準備が」  「呼吸音メインで無音だし」  「そうそう」  「だから感動してやる、くらいの気持ちで行かなきゃ。インストが率先してね」  チヒロが笑う。  「……そっかぁ」  「ファンダイブだけじゃなくてさ、トレーニングでも楽しませてあげなくちゃ、ね?」    「……うん」  どうして一緒にいるのかと言えば、こういうところがあるからだとジンは思った。  チヒロは気付かせてくれる。    「ジン、沖縄でしょ?いいなぁ楽しそうだし、アタシも行きたいなぁ」  「……仕事あるでしょ?」  ちぇっと口先で言ってチヒロは小首を傾げた。「でさ、何を見てたの?」  「何が?」  「何だか潮の流れでも見つめるみたいに、さっき……ぼんやりしてるみたいだったから」
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