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けれど、それを夫にも夫の両親にも相談しなかった。
「お兄ちゃんがいるから楽でいいな。愛のお母さんのことは心配いらないだろ?」
「嫁が実家に関わり過ぎることはないんだ。愛さんは古瀬の嫁だ」
「あちらは立派なご長男がいらっしゃるから。独身だしお母様のお世話だけでしょ?」
結婚直後から常々そんなことを言っていた。
どんな反応が起きるのかは、十分予測できる。
それでも、一度、兄の状態がおかしいような気がする、と夫に言った。
思い切って。
「お母さんがいるから大丈夫だろ?愛まで振り回されておかしくなったら心配だからさ。あんまり関わるなよ?」
趣味のゲームをしながら、振り向きもしなかった。
それ以来、夫に話すのは本当に断念した。
たった一人で、母と兄の生活が立ち行かなくなるのをなんとか止めなくてはと、できることはできる限りやった。
できないことは、諦める。
覚悟が育った。
そのうち母がアルコールの障害で入院すると、今度は入院先の病院からも治療費の催促が始まった。
その病院のソーシャルワーカーに事情を全て打ち明けて相談すると、福祉関係の人を紹介された。
そして新倉さんに出会った。
新倉さんは、介護施設で働きながら成年後見制度の仕事をしている人だ。
基本的には身寄りのないお年寄りや障害者のお世話をする仕事だった。
母のこと、兄のこと、私の話を聞くと「それは困りましたね」と静かに言った。
自分のことで本当に困っている人のように、眉を下げていた。
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