3:Accomplice

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死んでから1週間くらい経った頃に発見された。 その間、私は電話に出ない兄のことを心配もせず、どこかで遊び歩いてるんだろうと思っていた。 急な知らせにともかく実家に向かい、すっかりと冷たく硬くなった兄と対面した。 出張中だった夫に連絡すると「それは大変だな。俺、戻れないけど、頑張って。無理するなよ」と言い、少しの間沈黙した。 「俺の親には、こっちから連絡しておくから、心配するなよ」 「……あ。ありがとう」 違和感を覚えたまま言って、切れた電話をしばらく見つめた。 気を取り直して電話をした。 新倉さんはもうすぐ日付が変わる時間だというのに、飛んできた。 「ご自分で?」 私の顔を見るなり、悲痛な表情で問う。 だまって首を横に振ると、そっと私の肩に手を置いた。 「一人ではありませんからね」 泣いた。 新倉さんの胸に顔をうずめて。 遠慮がちにまわされた手が温かかった。 でも、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。 救急隊、警察官、たくさんの人にいろいろなことを聞かれて、言われるままに手続きを済ませた。 葬儀屋さんは、私に丁寧に合掌した。 新倉さんが手配してくれた人だ。 「この時期なのに少しも腐敗してなくて本当に良かったですね。奇跡的ですよ。徳の高い方だったのでしょうね」 そうだったのかな?あんなひどことしたのに。 言えない言葉は胸の奥に沈めた。 苦しんだ様子はなかった。 どことなくぼんやりとした死に顔だった。 急激な出血で意識レベルがあっという間に下がるから、痛みや苦しさを長く感じたりしなかったでしょうと、その後、母の担当医から聞かされた。 それは、ほんの少しだけの慰めになった。 兄は、どの時点でもう自分には明日は永久に来ないと理解したんだろう……。 あの時……兄の遺体の傍らの、雑多なものの中にメモが落ちていた。 メモは古びたノートの切れ端で、醤油だかコーヒーだかの染みがあって、私だったらさっさと捨てているような、もうまったく価値のないような紙だった。 そこに、万年筆の、端正な兄の筆跡で「基礎体力の向上、メタボ対策」というタイトルと共に一日の運動メニューが書かれていた。 さらに「薬をきちんと服用する」とあり、二重に下線が引かれていた。 兄は、明日は来ると未来はあると、疑いもせずにいたんだろうに。 最後に何を聞いただろう。 意識が消えゆくその最後に、何を思ったろう。
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