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死んでから1週間くらい経った頃に発見された。
その間、私は電話に出ない兄のことを心配もせず、どこかで遊び歩いてるんだろうと思っていた。
急な知らせにともかく実家に向かい、すっかりと冷たく硬くなった兄と対面した。
出張中だった夫に連絡すると「それは大変だな。俺、戻れないけど、頑張って。無理するなよ」と言い、少しの間沈黙した。
「俺の親には、こっちから連絡しておくから、心配するなよ」
「……あ。ありがとう」
違和感を覚えたまま言って、切れた電話をしばらく見つめた。
気を取り直して電話をした。
新倉さんはもうすぐ日付が変わる時間だというのに、飛んできた。
「ご自分で?」
私の顔を見るなり、悲痛な表情で問う。
だまって首を横に振ると、そっと私の肩に手を置いた。
「一人ではありませんからね」
泣いた。
新倉さんの胸に顔をうずめて。
遠慮がちにまわされた手が温かかった。
でも、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
救急隊、警察官、たくさんの人にいろいろなことを聞かれて、言われるままに手続きを済ませた。
葬儀屋さんは、私に丁寧に合掌した。
新倉さんが手配してくれた人だ。
「この時期なのに少しも腐敗してなくて本当に良かったですね。奇跡的ですよ。徳の高い方だったのでしょうね」
そうだったのかな?あんなひどことしたのに。
言えない言葉は胸の奥に沈めた。
苦しんだ様子はなかった。
どことなくぼんやりとした死に顔だった。
急激な出血で意識レベルがあっという間に下がるから、痛みや苦しさを長く感じたりしなかったでしょうと、その後、母の担当医から聞かされた。
それは、ほんの少しだけの慰めになった。
兄は、どの時点でもう自分には明日は永久に来ないと理解したんだろう……。
あの時……兄の遺体の傍らの、雑多なものの中にメモが落ちていた。
メモは古びたノートの切れ端で、醤油だかコーヒーだかの染みがあって、私だったらさっさと捨てているような、もうまったく価値のないような紙だった。
そこに、万年筆の、端正な兄の筆跡で「基礎体力の向上、メタボ対策」というタイトルと共に一日の運動メニューが書かれていた。
さらに「薬をきちんと服用する」とあり、二重に下線が引かれていた。
兄は、明日は来ると未来はあると、疑いもせずにいたんだろうに。
最後に何を聞いただろう。
意識が消えゆくその最後に、何を思ったろう。
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