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兄の所在を聞かれて、答えに詰まっていたかもしれない。
新倉さんがいてくれたから私はなんとかやり過ごせて、今がある。
静まった部屋にかすかに水音が聞こえている。
今、彼は何を思っているんだろう。
新倉さんは、自分が先にシャワーを使うことで私に猶予を与えてくれたような気がする。
それは私への優しさでもあり、突き放した冷静さにも感じられる。
最終的な意思決定を私にさせようとしている。
もし、今、この部屋から出てしまっても新倉さんは、それまでと変わらずにいてくれるだろう。
母が最後の時を迎えるまで、同じように。
そして、そうなったらもう、新倉さんに会う理由は存在しない。
母はいつから気づいていたんだろう。
私の気持ちに。
新倉さんは、私の気持ちをただ受け止めようとしているだけ。
あの日、泣いた私を抱いてくれたように。
たぶん、ある種の緊急避難的な感じで。
でも、それでもいい。
私は、静かにカーテンを閉めた。
それとほとんど同時に、さっきとは別のグリーンハーブの香りを漂わせバスローブを着た新倉さんがほかほかと湯気を立ててバスルームから出てきた。
私が振り返ると、彼は確かに一瞬、安堵したような表情を浮かべ、それからがしがしと頭をタオルで拭きながら、笑う。
「温まりました。古瀬さんもどうぞ?お湯をためてありますから、温まって来て下さい」
新倉さんは、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出し、軽くくいっとキャップをひねって開けた。
袖から覗く腕の筋肉にも、ぐっと力が入ったのが見えた。
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