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部屋を出る前、新倉さんは私の顔を覗き込むようにして、言った。
「古瀬さんは、奥村さんによく似ていらっしゃいます。何があってもあなたに変わりはないですから」
「え……と?それは……」
「一人で背負わなくてもいいということです」
新倉さんの言葉の、本当の意味を知ったのは、このずっと後になった。
私と新倉さんが病室に到着すると、母はふと目を開けた。
私と新倉さんを見ると目元を緩め、かすかに頷いたように見えた。
「大丈夫です。奥村さん」
新倉さんの柔らかいのに毅然とした声が母の耳にも届いただろう。
なんとか手を持ち上げようと、母はした。
あの日のチャラのように。
その手をぎゅっと握る。冷たい。
「お母さん、ありがとう」
言ってから何に対してのありがとうだろうと、心の少し離れたところでぼんやり思った。
母は微かな笑みを滲ませ、唇をゆっくりゆっくり動かした。
聞き取れなかった。
でも、「泣かないで」と言ったような気がした。
「うん。大丈夫よ。お母さん」
母は溜息のようにほぅと小さく息を吐きだし、すぅと息を吸った。
ゆっくりと眠るように目を閉じて、母は難儀だと言っていた死を迎い入れた。
それは穏やかで見事な死にっぷりだった。
病院での手続きを新倉さんがしている間に、ハワイの夫に連絡をした。
「お孫さんには会わせて差し上げた方がよろしいのではありませんか?」との新倉さんの言葉を受け、兄の時にお世話になった葬儀屋さんに母の遺体を預けた。
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