3:Accomplice

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私はもちろんわかっているのに、気付かないふりをして首を傾げた。 奈々枝がお笑い芸人のように、わかりやすく「悪い顔」をして見せる。 「決まってるでしょ?あっち」 「良かった。一緒に過ごせて」 「バレないようにしなさいよ?」 「もうしない。今は」 「もー愛のばか!決めることないんだってば!」 奈々枝はがぶりとコーヒーを飲み干す。 「そんなだったから、愛ってば古瀬君と」 「……うん」 両手の中にある空になったマグカップを見つめた。 奈々枝は、自分のマグカップを片手にすくっと立ち上がった。 私の手からマグカップを取り上げる。 「ついでに、ね。何がいい?」 あの時のミネラルウォーターは、甘かったっけ。 「あ。じゃあ……お水」 「はいはい。レモンは?」 「なしで」 ドリンクバーに向かう奈々枝の後ろ姿に笑いかける。 菜々枝は知っている。 初めて飼ったセキセイインコ、出て行った父、猫のチャラ、兄や母との関わり、古瀬君、たくさんのことを、その胸に収めている。 この席で、泣いた。 あの日は風が強くて、波がうねっていた。 でも今、窓から見る海は凪いでいる。 あの日、コンビニ袋を巻き上げて、あの時、新倉さんのコートの裾を弄んでいた風も、ない。 ふわりとコーヒーの香りが近づいてきた。 目を上げる。 片手に水の入った冷たそうなグラスを持ち、もう片方の手のマグカップを鼻先に近づけ、満足そうに笑っている奈々枝と目が合う。 私の前にグラスを置くと、奈々枝は一つ深呼吸をした。 「さて、たっぷりと聞かせて貰わなくちゃね」 グラスの水を口に含む。 あの時ほどの甘さは、残念ながら感じられなかった。 話すことはたくさんある。 母の残した宿題も、古瀬君の隠し事も、これからのことも……。 私も一つ、深呼吸をして口を開いた。 バッグの中でサイレントモードのケータイがメール受信を告げていた。 ~完~
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