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「しゅ、くん……主君っ」
「ま、待てっ、狛!」
狛は駆け出した。傷の痛みは薬の効果もあって、飲む前と比べれば格段に違う。しかし狛にとっては最早傷の事など意識の片隅にもなかった。
魁の声すらも耳に入らず、もつれる足を必死に動かし、右手に忍刀を握り締め、必死に駆ける。
その先で、幾分高い声がした。
「やれやれ……遅くなりました、父上。ご無事ですか? いやはや雪深き地はやはり嫌ですねぇ……おおっと、忘れてました。私の槍が錆び付いてしまう」
声がそう言うなや否や、小太郎を貫く影がぐじゅりと生々しい水音をたてて引いていく。
途端に、糸を切られた糸操り人形のように小太郎の体はがくりと膝を折り前へと倒れていった。
「主君!」
しかし寸前のところで、忍刀を投げ出した腕が抱きとめる。そしてそのまま雪へと倒れ込んだ。
体を突き抜ける痛みに狛は微かに眉を寄せたが、無我夢中になって体を起こした。
「なんて、なんてことをっ……」
泣きそうな張り詰めた声を出しながら、力無き体をゆっくりとその身に抱き寄せると、色を失いかけた瞳がゆらゆらと揺れ狛を映した。
「は……く……、うっぐ……!」
吐息のような、霞んだ言葉は確かに名を呼んだ。しかし胸が激しく揺れると、口布の下でごぼりと熱を吐き出した。
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