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滴る汗、跳ねる心臓。乱れる呼吸。
左手は無意識に突き立てた忍刀を掴み、揺れる体を倒すまいと力が篭もっている。
そんな状態で小太郎が見たのは、黒狐の面。額に、赤く発光を繰り返す文字があった。
「あれは、羅刹天の──」
刹那、息が止まった。
* * * *
見慣れた光。されど、心揺さぶる光。
狛はいつしか血が滲むのも忘れ、唇を噛んでいた。
「主君……」
小太郎の身体は万全ではない。それにも関わらず、薬も飲まず、戦いに身を投じ、傷を負い、更には術までをも使っている。
それを知っていて、ただこうして主が傷付いていくのを見ていることしかできない。
黒狐の刃が主の身を傷付ける度に、胃の腑ををぎゅうっと握り締められた気持ちになった。全身の血が逆流するみたいに駆け巡り、胸の中心で何かがざわめいた。
咄嗟に伸ばしかけた手は自分達を囲う風の幕に触れる。触れると同時に押し返される。それは向かい風に体を押されるのと似ている。雪に立つ苦無を目にし、触れようともしてみたがやはりできない。
これは術なのだ。風天が成す、小太郎がかけた術。
ならば、自分達がこうしている間にも小太郎の身体には少なからずとも負担がかかっている。
「主君! もうこの術をお解きください! どうか! 主君!」
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