六◆死闘

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狛は瞳を揺らして叫ぶ。 「主君っ、主君!」 「す、まぬ……は、く……わ、れの、我の……」 「何も! 何も話さずに!」 左腕に小太郎の体を支え、狛は右手を這わせた。 忍装束の下で、鎖帷子をも打ち破った穴がそこにあった。場所は胃の腑がある辺りであろうか。触れた指は瞬時にしてどろりと濡れて血の臭いに染まる。 惨憺たる現実を前に、狛は硬直した。 忍であろうが、術を使えようが、人の体には変わりない。傷を負えば痛みを感じるだろう。血を流すだろう。血を流せば流した分だけ命に関わる。 体を貫かれた主を前に、狛は絶望の底へ落ちた。 「なんてことを、なんて……」 黄色味を帯びた茶色の目は光を無くしたように陰り、視点はどこか遠くにさ迷う。薄く開いた口からは、呪文のように言葉が繰り返される。 しかしそんな狛を柔らかい光が照らし出した。 導かれるように瞳が見開き色を戻せば、たちまちその表情は張り詰め、口は大きく開く。 「なっ、なりません主君!」 叫んで印を結んだ小太郎の手を掴み取る。 「は、なせ、狛……魁と共に、逃げよ」 淡く、光を帯びた風が耳を掠める。 そよ風が頬を擽るように撫でる。 震えていた。 「なりません、なりませんっ」 狛の声も、掴んだ小太郎の手も。震えていた。
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