87人が本棚に入れています
本棚に追加
印を結ぶ手、尚も己が身体を犠牲にしてまでも術を使おうとする主の手。
「どうかっ、どうかおやめください……主君!」
狛は切願した。悲痛の色を眉間に表し、きつくその手を掴んで。
「嗚呼、なんて素晴らしい主従愛なのでしょう」
しかしその様子に似つかわしくない声が唐突に割り入った。感嘆を交えた口調であるが、嘲笑も含まれている。
反応して狛は肩越しに振り返った。
そこに立つは、黒狐とは対照的な姿。
顔を覆う狐の面は白く、そこから覗く髪もまた白い。更には身に纏う忍装束も全て白に統一され、唯一、手に持つ槍だけが真紅の柄である。
「おのれっ、白狐!」
その真紅にどろりと伝う赤が見えて、狛は憎悪を吐き出した。だが白狐は首を傾げ笑う。
「ふふふ、なんです? 私と戦いますか? どうせなら、そのまま主と共に串刺しにしてあげても構いませんよ。父上ぇ、この半妖も殺して構わないのですかぁ?」
ぐるりと槍を回し肩に担ぎながら、白狐は向こうに視線を移した。
そこにはゆらりと立ち上がる黒狐がいた。忍装束はぼろぼろに裂け、薄く開いた狐の目からは、こちらを射抜くような鋭い眼光が見える。
足元だけならず、風に舞い飛散したのであろう滴が辺りの雪を黒く汚していた。
「正成……風魔小太郎を遺骸にし、それを持ち帰って来い。この私をよくもここまで……この恨み、傀儡にして晴らしてやろう。近臣どもは良き道具だ、生かしておけ……わかったな──」
「……御意に」
言い残して黒狐は、ぶわりと黒煙を残して姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!