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「あ、あの、俺……」
「……猪助」
声と共に対座する者と目が合えば、少年の心はちくりと痛んだ。
憧れの人だった。
いつからかずっと、この人の下で忍を務められたなら、と少年は夢を描いていた。それが今、叶おうとしているのに。
「あの、おれ……俺っ、黒峰様の言う通りお役に立てるかもわからないし、やっぱ五代目小太郎様の近臣になんてならない方がいいんじゃないでしょうか!」
自分で自分を棄てる。
息つくことも忘れて少年は言葉を吐き出した。そうして、項垂れるように床に目を落とす。
自分の声のはずなのに、別の者が代弁したかのように、遠くに聞こえた。
心の中がざわめく、渦巻く。
今すぐここから立ち去りたい。
絶望の底に落ちた気分だ。
この空間から飛び出したい。
ぎゅっと、膝を掴んだその時──
「え……?」
ぽん、と頭に温もりを感じて、少年は誘われるように目線を上げる。
対座していたその者が目前に立っていた。
「左腕に印した五つ花弁の梅、我の思いに揺らぎはない」
頭に乗せられた手のひら。
向けられる視線。
静かに、けれど強く言い放たれた言葉。
優しさを、少年は感じた。
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