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俯く猪助に目を細め、魁は尚も言葉をぶつける。
「その背にある刀は何の為にあるんだ? 主を護るためじゃねぇのか、自分に危機が迫らねぇと抜けねぇ刀なのかよ」
「違うっ」
「認めねえ……俺はお前が五代目近臣だなんて認めねえからな。四代目の時と同じことしやがったら、俺はお前を抹殺する」
「そっ、そんなことっ」
「そんなこと許されねぇとかありえないなんて思うんじゃねぇぞ。俺は元々お前が嫌いなんだよ」
「……っ」
躊躇いもなく吐き捨てられた言葉。
それは崖から突き落とされたような衝撃だった。
行くぞと呟き歩き出した背に、猪助は絶望にも似た悲痛な思いを喉の奥にしまい込んだ。
固く口を結んで頷いて、少しの距離を置きながら後に続く。
口を開けば叫んでしまいそうで。
叫んでしまえば泣いてしまいそうで。
泣いてしまえば情けなさに押し潰されそうで。
猪助は唇を噛み締め、きりきりと痛む胸を掴みながら、物言わぬ静かな背を追った。
辺りは閑散としていた。
どんよりとした重い雲。
鬱蒼と広がる林。
蒼白く浮かび上がる雪。
そして──
身を潜める、白い存在。
木の枝から白狐の顔が、静かに立ち去る二人に視線を送っていた。
誰にも気付かれずに、ひっそりと──
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