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――飯泉青年は、バットを片手にいつもの河原へと訪れていた。
県内随一のスラッガーと称されても、不安はいつもついて回る。
明日、打てなくなるかもしれないし、
今日、この瞬間から打てなくなるかもしれない……
そんな負の思考を払拭するべくこの河原で素振りをするのが、『飯泉 保(イイズミ タモツ)』の日課となっていた。
訪れた河原はいつもと変わりなかったが、そこには小さな先客があった。
二桁の背番号が、哀しげに揺れている。
「…………」
黄昏に佇む小さな背中をしばらくみつめていた飯泉は、二、三度バットを振った後、その背中に声を投げた。
..
「なにたそがれてんだ、少年」
――だが、瞳いっぱいに涙を浮かべ振り返ったその顔を見た飯泉は、思わず目を瞠る。
背番号の持ち主は“少年”ではなく、弱々しい少女だった。
「――なんだ…… チビ…… 泣いてんのか?」
声をかけた手前放っておく訳にもいかず、飯泉は少女の横にどかりと腰を据えた。
「お兄さんは…… 野球選手?」
飯泉の手に握られたバットの存在に気づいた少女は、しゃくり上げながら訊ねる。
「ああ、まあな」
「女の子は“甲子園”に行けないって…… ホント……
ですか……?」
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