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左手の中には、鈍い金色の時計。
丁度手のひらサイズの手巻き式。時刻は現在、六時丁度。
秒針が逆回りで動いている事を除けば、さして不思議な所はない。
「形見ってところかね。」
旧友の愛用の品をポケットに押しやり、なんともいえない胸のつっかえを感じながら、また歩く。
「また会ったわね。」
「奇遇だな。春の君。」
名前なんか知らない。ただの行きずりの人だ。
唐突に現れた彼女は声を投げかけてきた。
足を止めるには、まぁ良い理由だろう。
「さっきと少しだけ雰囲気が違うわね。」
「あぁ、きっと昔の連れと会ったせいだろ。」
あら、女?とでも言いたいかのような笑みで、彼女は口元に手を当てた。
さっきまでと雰囲気が違うのは、彼女も同じだ。
「君は表情が出るようになったね。」
「春が少し近づいたから、かしらね。」
あぁ、君はまだ痛めた患部が治らないのか。
何故見知らぬ女とこうも話しているのか。そう考えると、自嘲したような笑みが頬を動かした。
合わせるように、彼女も微笑み、何も言わずに俺を通り過ぎていった。
はて、彼女は何がしたいんだろうか。
疑問は解決を迎えそうもない。
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