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「つまり、なんだ、その…君が言う所謂“春”とやらは、俺のこの意味すらわからん散歩に左右されるのかい?」
彼女はまだ、俺の袖口を掴んだままだ。放そうとする気配はない。
「貴男が目にする景色。貴男が歩んだ道。」
ふと、彼女が俯きながら言葉を紡ぎ出した。
「其れ等は決して意味がない物ではないわ。」
「ただ、すぐに形にはならないだけ。」
「でも」
「“春”を待つのは私だけでは無いはずよ?」
珍しい彼女の饒舌。まぁ、珍しいと思えるほどの仲では無いのだろうが。
そんな言葉の羅列の中、俺はふと視線を出口へと送る。
先ほどまでは光が射していただけの四角形が、今では道を映していた。
ふと、腕が軽くなる。
「…さてはて、アノ娘はいったい何がしたいのやら。」
振り返った先には、透明ばかり。
たった今まで俺の腕を掴んでいたものは、まるで最初から居なかったように、その姿を消していた。
「…“春”ねぇ…。」
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