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残りわずかと鳴った紙筒を一度くわえ、思いとどまり、また胸ポケットに収まる、くしゃくしゃのソフトケースに戻した。
「…ま、痛んだ子の話は俺にはわからん、っとね。」
一度、鼻孔をため息が抜けていった。
ズボンのポケットから、やたらとレトロな懐中時計を取り出す。
現在、針は5時43分を示す前で、どうやら仕事を休んでいるようだ。
更に一度、鼻孔をため息が抜けていった。
時計の上部、つまみを回してネジを巻く。
彼が起きる気配はない。
まだ僅かに鈍い痛みの残る頭を軽く押さえ、三度目のため息をついてから、旧友の形見をポケットへとねじ込んだ。
「さて、煙草が切れる前に、進みますか。」
止めていた歩を、また進めだした。
ゆっくりと近づいてくる、空虚な極彩をトリミングした四角形。
ゆっくりと近づいてくる、忙しなく鳴り響いく騒音を聞きながら。
出口の様な枠を抜けると、再び世界は色鮮やかに飾り付けられた。
「あぁ…ただいま。」
同じ台詞をなぞり、振り返れば、そこには何もなかった。
いや、ただ周りと同じ騒々しさだけが向こう側まで続いていた。
コチッ…コチッ…
ポケットからは、件の形見が仕事を始めた声が聞こえてきている所だ。
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