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 苗代は振り返り、邪悪に口元を歪める。 「おやおや。あのおっさんのことは、もういいのかい?」 「安田さんなら、空き部屋に寝かせておいた」 「へえ、そうかい」  ……と、その瞬間。苗代の視線が外れているのを好機とみたのか、榎戸が突然彼めがけて飛び出した。  榎戸が飛びかかろうとしたのは、苗代自身ではなく、巨大ハサミの方だ。だが苗代は、片手でいとも簡単にハサミを振り回し、榎戸の腹部に強烈な峰打ちを叩き込んだ。  どふっ、と鈍い音が響いて、榎戸は目をむいて吹き飛ばされた。 「がふっ!?」  榎戸は床に叩きつけられると同時、痛みに体をよじり、苦しそうに何度も息を吐く。 「貴様!」  加納が物凄い形相で苗代を睨み付けるが、彼は意にも介さぬように手で制した。 「あー、まあそう怒んなよ。怒んな怒んな。死んだわけじゃあるめえし。俺だって、何も今ここで誰かを殺そうだなんて思ってねえ。さすがに、多勢に無勢だろうしな」 「なんだと……」 「ホントは今は、ちょいと値踏みしに来ただけなんだよ。“誰が一番殺しやすそうか”……ってな」  ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。  冗談ではない。記憶がないことよりも、トリカブトのことよりも何よりも、この苗代という男の存在、思想こそ、最も憂慮すべき事柄だろう。
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