秋の蛍

3/59
前へ
/59ページ
次へ
僕ははちきれそうになっているボストンバッグのファスナーを無理矢理しめてから、会社に電話をかけた。 電話には僕の上司が出た。 僕は、何日かの有給休暇を貰おうかとも思ったけれど、面倒くさかったのでそのまま上司に会社を辞めると告げた。 上司は理由を話せと、電話の向こう側で怒鳴っていたけれど、僕はただ「理由なんてありませんよ。ありきたりな毎日に飽きた、それだけです」と伝えて電話を切った。 僕は急に自由になった気がした。 三十歳の僕が仕事を捨ててしまえば、再び仕事につくのが難しいことくらいわかっていた。 しかし、僕の手足に重くのしかかっていた重りが、一気に取れたような、そんな気がしていた。 僕はボストンバッグを肩にかけ、家を出た。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加