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片手をあげれば何も無い目の前の空間を斬る様にその手を降り下ろす。
袖口の影が不自然に盛り上がれば棒状の影をしっかりと我は握りしめる。
その色は黒曜。歪(いびつ)に曲がるその刀身は炎を連想させ、月夜がその《剣》となった影を不気味に照らしあげる。
「よろしい、交渉成立な」
「ッ……!?」
その声に我は直ぐ様振り替えれば腹部に強い衝撃が走る。
瞬時に背後に跳ぶがそれは若干緩和した程度。二、三度咳き込めばその衝撃の正体に不覚にも驚いた。
「うお、あれで反応できるか普通」
「貴様……いつのまに」
目を見開いた先に居たのは先ほどまで宙に漂っていた若者……己の名をラドと呼んでいたが驚くのも疑問を浮かべるのはそこではなくどうやって《我の前に移動したのか?》
そしてその手に握られているのは提琴(ていきん)の様な物。我が初めて見る歪なそれにも驚く訳だがまずは前者であろう。
一体奴はどうやってこの距離を積めてきたのか……
「くくっ……何も気にするこたぁねぇ。お前は素直に俺のライブを聞いてりゃそれでいいんだぜ」
「……笑わせる、その程度で勝った気になっているのかっ?!」
人の神経を逆撫でる様な口調に少なからず感情の変化が訪れるも我は影から作り出した刃を振り抜く。
態度や口調とは裏腹に素早く提琴を槍の様に構え我の刃の軌道を見切り器用に捌く。
「っと、そうカッカッしてっと足元掬われんぞ?」
「ッ!」
月明かりに照らされ不意に奴の持つ提琴が鈍い光を放つ。
……まずい。本能がそう告げ意識とは別、反射に近い反応で一度距離を置こうと地面を後ろに蹴る。その瞬間、僅かにだが頬に痛みが走った。
それでも気にする事無く距離を置けば頬には切り傷ができそこからは紅の血が雫となり頬を伝う。しかし我の目はそんな些細な事ではなく奴の持つ提琴に目を奪われていた。
「その提琴……仕込みか」
「て、てんきん?なんだそれ。こりゃギターってもんだ、しかしまぁあのタイミング良く反応できんな」
くるくると提琴もといギターと言う名の先から伸びる白銀の刃。その形状は鎌に近く、肩に背負いつつその様な言葉を告げる。
片手で頬の血を拭い判った事は一つ。奴は態度や言葉とは裏腹に……出来る。
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