人形トンネル

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オレはもうワケがわかんなくなってた。 足元からは呪文みてぇな唄声。 後ろからはヒタヒタと、オレを追う足音。 何かが絡まりついたように重い両足……。 狂うかと思った。 もう、気が狂うかと思ったよ。 そん時にな、 トンネルの出口から、ライトが見えたんだ。 クルマのライトだ。 オレは叫んだ。 目一杯叫んだぜ。 足を引きずるように車道に飛び出して、クルマの前で両手を必死に振ったんだ。 轢かれるぞって? アホ。 轢かれたほうがマシだって。 得体の知れないナニカに追いつかれるよりゃ、遥かにマシだ。 でもな、そのクルマ、 パトカーだったんだよ。 オレに気づいた途端、パトランプが回りはじめた。 ……助かったんだ。オレ。 あん時ほど、警察をありがたいと思ったことはないね。 パトカーは減速して、オレの目の前に止まった。 クルマの中から、二人の警官も出てきた。 マジで、ホッとしたよ。 気が抜けすぎて、しゃがみ込んじまうトコだった。 んでな。 オレ、 やめときゃいいのに……、 安心したからなんだろうな、 後ろをな、 振り返っちまったんだ。 ……マジで後悔してる。 マジで、やめときゃよかった。 オレの両足にな、 おびただしい数の、 無表情な日本人形が、 いーっぱい、 しがみついてたんだ。 必死にオレを、アッチの世界に引きずり込もうとするように…。 オレはそこで、意識を失った。 気づいた時は病院のベッドだったよ。 いやぁ、 あのトンネルはマジやばい。 お前もな、近寄らないほうがいいぜ? どーしても行きたいってんなら、無理には止めねぇけどよ。 え? だからどうして仕事を辞めたのかって? お前な、 人の話、ちゃんと聞いてたか? 一番最初にも言っただろ? オレ、 足がないから、迎えに行けねぇ、って。
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