始まりの夏

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箱根ターンパイクを出て、巧は湯河原に抜ける椿ラインを下る。 どうしても下りは上りに比べて突っ込みが甘くなりがちだが、夜の街灯のない椿ラインでは、昼に比べて走行スピードがガクッと落ちる。 『ちくしょう…』 途中で巧はそう呟きながら椿ラインを降りていった。 湯河原の街への入口にある病院の駐車場にγを停めた。 まだ走り足りないかのようにγのチャンバーからはチンチンと音がしている。 巧はメットを抱えると、病院入口までの短い坂道を駆け上がった。 病院の中はすっかり静まり返っていた。 まるで生活感すら感じられない空間に入ってしまったようだ。 集中治療室の前にくると、長いすに前屈みに座って両手を組んでいる稔先輩の姿が目に入った。 『稔先輩…』 『おぅ、巧か。警察の聴取は終わったのか?』 『はい、今日のところはひとまず終わりました。』 『そうか、お疲れさま。』 『で、どうなんですか?』 『さっきから先生や看護婦さんが出入りしているが、あまり芳しくないらしい。』 『えっ、だ、だってさっき俺が警察に行く前は、先生の質問に答えていたのに…。』 『あぁ、お前が警察に行ったことを聞いてから、意識が混濁し始まったらしい…。』 『そ、そんな…。だったら俺、警察行かなかったのに。』 『あいつはお前が警察行ったあと、医者に向かって『巧、置いてかないでくれ、俺を置いてかないでくれ』って何度も言ったらしい…。』 うぐっ… 巧は思わず嗚咽をあげた。
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