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『辺りが赤い楽園になる。私は1日の内でもっとも華やかになる空を見上げる。
赤と橙と、青と紫と黄色。
光る星々は明るい黄金色。
浮かぶ雲はくすんだ白。
どんな絵描きでも作り出せないような無限のパレットが私の上には広がっていた。
白い鳩達が明日へ向かって飛び去っていく。まるで風だ。
リンゴーン……――。
遥かまで届く鐘の音。
私が見上げる空に、その身を突き刺しているのは、この街にある大きな大きな時計台だ。
煉瓦で造られた時計台は、街のどこからでも見付けられる。
この街でもっとも天に近い場所だ。
時計台は鮮やかに光る空を弦にして、その深い音色を街の人々に伝える。
子供達は夕食の香り漂う通りを駆け抜け、働く者は一日の疲れを癒すのだ。
「ね、のぼってみようよ」
私の心はときめいていた。
高いところに立ち、白い鳩達のように大空の風になりたかった。
「勝手にのぼったら街の人達に怒られるよ」
隣に立つレンは興奮する私を困ったような笑顔で見つめながら言った。
「でも……のぼりたい」
私達は旅人だ。
地上を行く、旅人。
たまには空を飛びたくなるのだ。
「しょうがないなあ……」
レンはやっぱり困ったような笑みを浮かべ、私の手を引いた。
「え?」
まさか一緒にのぼってくれるの?
そう思ったのもつかの間、レンは私を連れて時計台とは反対の方向に歩き出していた。
「ちょっと? 時計台は……」
「いいからいいから」
そしてレンは街の外れの小高い丘まで私を引っ張ってくると、繋いでいた手を離した。
少し残念。
でも、驚いたことにレンは私をつかむと、ひょいと自分の肩の上に私を乗せた。
「わわっ」
落っこちそうになりながらも見上げた空には、淡い月の光が瞬いていた。
この世界のどこにいても見られる月を、私は初めて見た気がした。
「わあ……」
「時計台には負けるけど、僕の上もなかなかいいだろう?」
手を伸ばす。届きそうなくらい近くにある星へ。
風が私と肩車をするレンに優しく触れ、黄昏のときを演出していた。
「ありがとう」
私はレンにそう言った。』
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