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彼女は生まれつき身体が弱く、いつもベッドの中。
彼女の視界に映るのは、白い壁に風に揺れる白いカーテン。
自分に視線を落としても、白い寝巻に白い肌。
きっと手持ち無沙汰だったんだろう。
おもむろにペンを取り、白いノートを友にした。
彼女が爽やかな朝日の下、小説を書こうと決めたのは全然、不思議じゃない。
しかし彼女は世界を知らない。
色々な匂いと音が混ざり合う街道があることも、蒼穹の空を映し出す海があることも、何もない草原が広がる土地があることも。
青く生い茂る森があることも、そこには恐ろしい魔物がいることも、灼熱の砂漠にも美しいオアシスがあることも。
無知な彼女は白い世界を見つめ、題材を探すのだ。
何も知らない彼女が描く物語も白、白、白……――。
要するに何も書けなかった。
そんなとき僕は彼女の前に現れた。
彼女が小説を書こうと思った日の昼だった。
「おはよう。レン」
「もうこんにちはの時間だよ。エリシア」
僕と彼女は簡単な挨拶を交わす。
「じゃあこんにちは。レン」
「こんにちは」
「またお見舞いに来てくれたの?」
「うん。昨日の夜、帰ってきたんだ」
僕は旅人だ。
でも、偉大な旅人ではない。
僕が行くのはせいぜい2週間くらいで帰ってこれる旅。
それでも腰に剣を下げ、街から出て、魔物を倒したりしてお金を稼いでいる、立派な旅人だ。
森も行ったし、火山も行った。
冬には雪で埋もれてしまうようなところも行ったことがある。
だから、彼女が僕を選んだのは必然だった。
「ねえ、レン」
「なに?」
「私、小説を書きたいの」
「うん」
「だからね、旅のお話をして欲しいの」
「うん?」
「私の小説の、題材にしたいの」
「僕の旅を?」
「そう」
彼女は背中まで伸びた長くて綺麗な黒髪を揺らして頷いた。
彼女はもうペンとノートを用意していた。
目を輝かせ、僕の方を窺っていた。
こんな生き生きとした彼女を見たのは久し振りだ。
「いいよ」
だから僕は彼女の願いを受け入れた。
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