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足元に煙草を落として面倒そうに立ち上がり、女は無言でそれを踏みつけた。
固そうな尖った靴の爪先から、逃げ惑うみたいに煙がふわりと散った。
──わたしみたいだ。
『あいつ』の支配する場所から逃れられず、あの女に踏みつけられて。
苦しくて逃げたくてもがいてみるけど、残るのはばらばらに砕けた『わたし』の欠片だけ。
そこには、僅かなぬくもりすらない。
あの女は開けっ放しの玄関に「ねえ」と気だるそうに呼び掛ける。
この女がはきはき話しているところなんて、『あいつ』の目を盗んで誰かと電話している時くらいしか見たことがない。
「ねえって!」
呼び掛ける女に返事もせず、のっそり現れたのは、初めて見る顔の若い男だった。
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