「あいつ」

6/15
前へ
/64ページ
次へ
「なに」 この男も、抑揚なく話す。感情なんてまるですっかり無くしてしまったように。 いつの間にそうしていたのか、わたしは『あなた』の後ろに隠れるようにして、息を止めて二人の様子を窺っていた。 その様子に気づいて、『あなた』が優しく頭を撫でてくれる。 強ばっていた心が、ふうわりほどけるようだ。 「邪魔だって。クルマ」 あの女が『あなた』を指差す。とたんに若い男は不機嫌そうになった。 「おまえ、私有地だから大丈夫って言ってたじゃん」 「言ったけど、でもさぁ、あの人がさぁ──」 いやここは公道だろ、と小さく呟くと、『あなた』はわたしを抱き上げて、くるりと方向を変えて歩き始めた。 『あいつ』の家の庭では、あの女と若い男が何か話しているのが聞こえたが、『あなた』は怒ったように歩き続ける。 少し離れた場所でようやく立ち止まり、わたしを降ろすと 「ああいうの、非常識って言うんだぞ」 そう教えてくれた。 .
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加