「あいつ」

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それからも喋り続けるその内容を、聞くともなしに聞いていると、ふと疑問が沸き上がる。 ──あの家の話をしているんだろうか。 だって、そうだ。わたしたちは今、あの女の居たあの家の方から来たんだ。 だから、そうだ。この人は、あの家の話をしている。 中年女性が一方的に投げ掛けてくるお喋りの内容が、じわじわとわたしの内部に浸透してゆく。 まっさらな布が、じわじわと黒い水を吸い上げるよう。徐々に、徐々に、でも確実に。 亡くなったんですって。 酒に溺れて。 家族にも逃げられて。 若い恋人が出入りして。 それで、 それで、 ある日突然 亡くなったんですって。 ──ああ、わたしが黒く染まる。 .
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