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介護士の知念侑李は、 老人ホームの廊下をせっかちに歩いていた。 ほんとうはお昼過ぎに中島裕翔の部屋を 訪ねるはずだった。 なのに、ほかの部屋を回っているうちに、 すっかり遅くなってしまった。 なんだ、別にいいよ。 そんなに急がなくても。 おそらく裕翔は、息を切らして 部屋に入ってくる侑李を見て、 そう言うだろう。 おっとりした口調で、 上品な笑顔を浮かべて。 侑李が担当している中島裕翔は 今年で八十五歳。 侑李よりちょうど六十歳年上だ。 昔のことについて自分からはめったに 語らないが、 山形県の出身で、 何不自由なく暮らしてきた旧家の 御子息だったらしい。 今も、その凛とした、 たたずまいに、 その面影をみることがある。
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