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裕翔が持ってきたのは、 段ボール箱三つ分の荷物と、 古いアップライトのピアノ一台きりだ。 そのピアノも、部屋の隅でほこりを かぶっている。 「今日の夕焼けはきれいですね」 侑李は裕翔の後ろに立ち、 驚かせないように声をかけた。 沈む直前の大きな夕陽が 周りのものすべてを染めていく。 手入れの行き届いた裕翔の美しい白髪も 夕陽を浴びてオレンジ色に染まっている。 「きたないから、きれいなんだ」 裕翔は窓の外を見つめたままつぶやいた。 「え?」 侑李には意味がよくわからない。 「空気中の塵に光が反射して、ああいう色になるんだ。 田舎よりも都会の夕焼けのほうが きれいって、皮肉だよね」 裕翔は言った。 そういえば……と、侑李は考える。 夕方は朝よりも 空気中の塵や水滴などが多いので、 それらの粒子が散乱して、 空に赤みがより増す。 中学時代だったか、 理科の時間に習ったことがあった。
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