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収容所
私は涙が止まらなくなっていた。すると、この見知らぬ人は優しく手でぬぐってくれた。
「なんで、逃げた?」
「逃げなきゃ、私はあそこで死んじゃうから……」
あそこは収容所なんてもんじゃない。単なる棺。薬も何もないから、ただ死ぬのを待つだけ。
うちの家族は、まず弟が感染した。まだ中2の弟を母は収容所に入れさせまいと、部屋に閉じ込めた。でも登校していないのを不信に思った学校の誰かがウイルス対策課に連絡したらしい。
政府は感染をどうにか抑えようと密告すれば謝礼を支払っていた。だから金欲しさにチクる人だらけ。
一旦症状が現れたら誰も信用できない。カラス狩り。そう呼ばれている。
一家族の誰か一人でも感染者が出たら、家族ごと収容所に送られる。
収容所の検査で幸い看病にあたっていた母は感染していなかった。父も、もちろん私も。
でも、あそこは地獄だった。検査が終わろうとも、いっこうに外に出られる気配はなかった。
殺風景な8畳間は冷たい床に薄っぺらい布団があるだけ。白い壁に蛍光灯が一つ。そして、窓はない。小さなシャワールームとトイレもついていた。
食事やペットボトルの水は朝、昼、晩とドアについた猫が通るような小さな窓から配給された。白い防護服を着た職員の手だけがぬっと出たり引っ込んだりする。彼らは会話することもなく、たんたんと仕事をこなした。
服は3日に一回だけ。ワンサイズの白いスモックをお腹が出っ張る父は短いといつも文句を言っていた。母は、ごめんなさいと家族に謝った。弟を感染させたのは私だと、自分を責めた。
もちろん、母のせいではない。というよりも、感染経路なんて確定できない。それでも、母は子供にこのような窮屈で辛い生活をさせてしまったことに詫びた。
父はそっと母を抱き寄せて肩をぽんぽんと叩いた。
そうこうしているうちに、弟の水化が始まった。白いカラスの寿命は2週間。死ぬまでの期間は余りにも短い。
布団に横たわる弟の体が足元から徐々にとけだす。やせ我慢なのか弟はにこやかに、そして穏やかにとけていった……
次の日、父の髪が白くなり、また次の日、母の髪が白くなった。そして、私も……
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