其の三

2/8
前へ
/17ページ
次へ
 小学校五年生の時。夏休みが明けて、二学期の始業式の後。真っ黒に日焼けをした顔を寄せ合って、夏休みの思い出を友達と話していた。夏休みの間も毎日の様に、遊びながら顔を合わせていた友達もたくさんいたが、40人のクラスメイトが全員集まるのは久し振りで、懐かしい雰囲気を感じていた。冬休みや春休み明けとは違う、夏休み明け独特の雰囲気だ。みんな、小さな興奮状態の中にいた。 「ガラガラガラ」  教室の戸が開き 「ほら、みんな席に着け」  担任の五十嵐先生が、そう言いながら入って来た。  その後ろを小さな男の子が、下を向きながら、ヒョコヒョコと付いて来ていた。何か変な歩き方だ。前に進むのと同時に、体が左右に揺れた。怪我でもしているのかなと思った。 「ほら、早くしろって言ってるだろ」  言葉は乱暴だが、顔は笑っている。いつもの事なので、誰も気にはしていないようだ。 「おい、順子。何だ、その真っ黒な顔は?もうお嫁に行くのを諦めたのか?人間、諦めが肝心だが、まだ早過ぎるぞ」 「うるさいな。あたしはお見合いで、玉の輿に乗るから良いの。それに、もし見つからなかったら、先生で諦める覚悟も出来ているから良いの」 「おう、その時は早めに連絡してくれ。先生も女の子の整理をしておくからな」  クラスで一番元気な順子と、先生の遣り取りは、いつも愉快だった。今ならそういう先生は、セクハラで訴えられてしまうのだろうか?   まだその頃は、先生と生徒のそんな会話が許された時代ではあったが、五十嵐先生は特に変わっていた。  一応みんなは席に着いたが、ザワザワしていた。先生の隣で、相変わらず下を向いている『小さな男の子』が気になっているようだ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加