9人が本棚に入れています
本棚に追加
部室棟の入り口には黒く長い髪に整った目鼻立ちのアンダーフレームの眼鏡をかけた女の子が立っていた。
服装は学校指定の紺色のセーラー服を正しく着こなしている、清楚な印象を受ける。
…言ってしまえば僕の先輩で、文芸部の部長だ。名前はチアさん。
しかし、彼女がここにいるのは珍しい。
彼女は大抵、ここ…部室棟の入り口ではなく、誰よりも早く部室で小難しい本を読んでいる。はずなのだが、今日はここにいる。
「こんな所にいるなんて珍しいですね」
僕の真正面に対峙している彼女に話しかける。
少し垂れて愛嬌がある目が僕をとらえると、チアさんは口を開いた。
「ええ、イツキ君が来るだろう時間だから待っていたの。連絡事項よ。今日は部員の半分が休むみたいだから部活は休みになったわ」
聞いての通り、部活が休みになったという、連絡事項であった。
なお、先輩より下級生の部員は僕だけであり、他は先輩のクラスメイトであり連絡事項の伝達など必要ないらしい。
「そうですか。じゃ、帰りますね」
特に部室に用事があるわけでもなく、僕は回れ右、下駄箱へと向かうことにした。
その刹那。
僕の手はチアさんの手に繋がれていた。
僕は一瞬驚いたが、何のことはない。チアさんが手を掴んできただけだ。
その手は細く、柔らかく、暖かい。
「どうしました?」
簡潔に聞く。
普段、無表情な先輩の顔が仄かに笑みを浮かべている。
「別に。暇になったからイツキ君と遊びたいだけよ」
年頃の女の子がこの物言い。
最初…とある冬以来彼女に再会し、文芸部に入部した頃はそういった発言にはどぎまぎしたが、今となっては無駄な期待はしなくなっていた。
チアさんはそういう人だ。
誰にでも優しく、誰にでも厳しい。
そして、かつては間接的にだが絶望を体現した。
それも被害者という形でだが。
まあ、これはいずれチアさんから語られるであろう、チアさんの物語だ。
最初のコメントを投稿しよう!