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「失ったものだけかぞえるな、ですよ」
それを聞いたのはいつだったろう。
僕の記憶が正しければ、進級してクラスに新しく友人ができて、そいつの家に行った二度目の時だ。
友人の二個下の妹は、利発で几帳面で僕からすると理想的な妹だった。
ただ兄貴の方は「自分が賢いと思ってんのが嫌だ」と怪訝な様子だった。
その日僕らは勉強会の名目で集まっていた。
一、二時間した辺りで僕は完全に飽きてしまい、その様子に影響されたのか暫くして友人も机から離れた。
僕は友人の布団のはみ出たベットにもたれてくだり、友人はCDを再生し始めた。
クラス担任の話、クラスメートの話、今自分の中で流行ってる漫画の話、芸人の話、修学旅行の話、卒業遠足の話、今度の遊びの話、パーティーの話、近頃の後悔の話、……
「こんなだから僕は駄目なんだよなぁ…」
ちょうどそう言った時だった。
今まで壁のように何の音沙汰もなかったドアがさも当然のように開き、黒のくせっ毛の可愛い女の子が顔を出した。
「お母さんがお茶持ってけって、片付けは自分でやってよね」
いかにも僕なんて意識下にないように兄に話し掛ける彼女。
人の家の家族との遭遇に正直馴れていない僕は、何だか申し訳ないような頭が上がらないような気持ちにさせられる。
「あぁ、分かったからお前さっさとどっか行け」
親切にしたにも関わらず冷たくあしらわれ、ふて腐れたような様子の彼女。
ぼーっと眺めていると、急に思い立ったように僕の方を向いた。
「失ったものだけかぞえるな、ですよ」
そう言って立ち上がり、再び開かれ、静まるドア。
聞き耳立ててたのかよ、と苦い顔をする友人を横に、余りの不意打ちを喰らった僕はしきりに心臓を抑えていた。
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