赤い実

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 ママが言った通りになりました。帰宅した寛太郎は、ランドセルを背負ったまま、ベランダに出ました。今朝、綺麗に咲いていた花の姿は無く、代わりに小さな実が三つ、風に微かに揺れています。プチトマトを一回り小さくした様な、赤い実です。寛太郎は、植木鉢をそっと抱えて、部屋の机の上に置きました。机の上に、ママからのお手紙が、書かれていました。 〈寛ちゃんへ お帰り。まだ、実はなっていないようです。おやつはドーナツを食べてね。なるべく早く帰るからね。ママより〉 「ママは、実がなった事を知らないんだ」  寛太郎は、手洗いをして急いで部屋に戻りました。そして椅子に座って、しばらく赤い実を見つめた後、そっとその赤い実に触れてみました。 「やわらかい」  まるでグミの様な、ムニュっとしたやわらかさです。親指と人差し指で摘んで、ゆっくり引っ張ってみると、簡単に取れました。反対の掌に乗せて、転がしてみました。真丸い赤い実は、コロコロと転がります。寛太郎は唾をゴクリと飲み込んでから、それを口の中に、そっと入れました。そして、ゆっくりと噛んでみました。口の中でグニュっと潰れて、果汁が出てきました。 『うわーっ、甘い』 もう一度、噛んでみました。 『ほっ、本当にプリンの味がする。これは、美味しいや』  噛む度に、プリンの味が口の中で広がって行きます。寛太郎は直に飲み込まずに、口の中で溶けて無くなるまで、魔法の実を噛み続けました。  さて、寛太郎には、一つ考えなくてはいけない事が、あります。ママにどうやって話しをするかをです。お出掛けから帰って来たママは、きっと花の事を聞いてくるでしょう。食べたと知ったら、怒られるに違いありません。寛太郎は、大人がする様に、腕を組んで考えました。そして、 「うん。そうしよう」  と呟いてから、残りの二つの実もそっと取って、ティッシュで包みました。そして、机の引き出しの一番奥にそれを隠してしまいました。 
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