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「些か疲れましたね...」
男は溜め息をつきつつ独り言を呟いた。
「いつものバーにでも行きましょうかね..」
誰もいないにも関わらず敬語で話し続ける様子からして、この口調が板についてしまっていることが伺える。
依然続く風俗街、何やら男の来た道からは騒ぎが聞こえるが、男は気にするそぶりを見せずに歩き続ける。
「それにしても寒いですね...」
一人で言葉を紡ぐその口からは、白い吐息が漏れている。
「この寒い中、よくもまぁあんな格好ができますね...女は凜としていて強か...それでいてなぜああも脆いのでしょうかね...」
一人物思いにふける男。
「おっと...もう着いてしまいましたか...寒いのは嫌いではないんですがね...」
男の眼前には、焦げ茶色をした重厚なドア、いかにもアンティークな雰囲気を醸すバーがあった。
「お邪魔しますかね...」
カランカランとドアにつけられたベルが鳴り、心落ち着くジャズが店内に響いていることを確認すると、慣れた様子でカウンターの最奥の席に男は着く。
「ギムレットをお願いします。」
「かしこまりました。」
バーのオーナーが準備にとりかかった。
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