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「はぁ……はぁ……!」
教室と窓、そして、放課後の戯れを楽しんでいる生徒が、俺の視界を通りすぎていく。
過ぎ行く誰もが、一瞬だけ俺に注目するものの、すぐに自分達の話題に引き戻され、俺はそいつの視界から排除されてしまう。
……俺こと、稲葉 一紀(いなば かずき)は走っていた。初夏の暑さからか、汗の出てくるスピードが早い。頬を伝う汗に構わず、俺は懸命に足を動かしていた。
『先輩、山田は捕まえられましたか?どうぞ』
ふと、雑音混じりに、胸ポケットに入れた携帯無線機から、女子生徒の淡々とした声が聞こえた。
「なんで俺がこんなコトやってんだよ……!……どうぞ!」
息を切らせながら、ややイラつきを覚えて返事を返す。
そう、俺は無線越しの女子生徒に頼まれて……いや、命令されて山田を追いかけていた。が、いかんせん奴は足が速すぎる。
なんとか姿を見失わない程度に追いかけられてはいるが、それも時間の問題。
『私は足が遅い感じなので、足が速い感じの先輩にお願いしてるんじゃないですか。どうぞ?』
「おいちょっと待て。お願いされた覚えなんてねぇぞ!?どうぞ!」
言葉が思わず声が荒くなってしまう。
本当は山田が逃げ出した時に、有無を言わさず俺に追いかけさせたのだ。なんで無関係の俺が走らされてるんだよ。悪く言えばパシリだぞパシリ。
『じゃあ今言いました』
あぁ言えばこう言う……。
もう何を言っても無駄だと思った俺は、それ以来無線には一切反応せずに、目の前の目標に集中するコトにした。
こうなったら意地でも捕まえてやる
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