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「・・・九狼」
肉塊の中で誰かが彼の名を読んだ。
九狼はその声の方を向く。
「・・・フィン・・・」
向いた先には一人の女性。
彼が愛した女性でもある人。
そして、彼が幾度となく怪物になる度に人間に立ち戻る事ができた掛け替えのない女性。
でも、今の彼にはその女性ですら立ち戻させることは出来ない。
出来ても名前を呼ぶその一瞬だけ。
その一瞬を狙って彼女は手に持っていた銃を彼の目の前にかざした。
そして、躊躇なく引き金を引いた。
「・・・ごめんね・・・ごめんね九狼・・・」
横たわる九狼に寄り添うようにフィンは彼を抱く。
彼の額には撃ち抜かれた弾痕とそこから溢れるように血が流れている。
普通ならそれだけで即死のハズだが、彼はまだ生きていた。
怪物となった彼の驚異的な生命力の所為だ。
けして助かるわけもないのにただただ苦痛て激痛の中で残り少ない時間を生きる。
「ごめんね・・・もっと・・・もっと早くこうしていれば良かった・・・そうすればこんな事にはならなかったのに」
フィンは涙と血で汚れた頬を擦りながら言う。
でも、九狼はそんな彼女を見て優しく笑った。
苦痛と激痛・・・そして怪物への変化を耐えながら一生懸命に笑顔を造った。
「・・・ありがとう…やくそく・・・守ってくれ・・・て・・・」
そう言った瞬間。彼から力が抜けた。
九狼は最後の最後で怪物から立ち戻ったのだ。
一人の女性を哀しませないために・・・。
「九狼?・・・そんな・・・いや・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ」
それは、一人の青年と一人の女性の悲劇の物語。
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