第一章「穴る」

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 研究室内に通され湯原先生と向かい合わせに腰を下ろした。出された珈琲にも手を付けないまま、私は本題を切り出した。  「私、漫古北警察署の宇津美薫と申します。実は先日都内で遺体が発見されまして…」  「断る。」  「え?」  私が話し終える前に湯原先生は話を打ち切ろうとしている。  「断ると言ったんだ。捜査協力はしない。」  話ぐらい最後まで聞いてくれてもいいのに。湯原先生…いや、湯原。どうやら顔に似合わず性格が悪いようだ。私も少し苛々して言い返した。  「先生の友達の草野刑事に紹介されて来ました。先生は今までも警察にご協力して頂いていると伺いましたが。」  「ああ、研究が遅れて非常に迷惑してる。草野がどうしてもと、何度も足を運んで頼むものだから、彼との友情に答えて何度か協力はした。が、今回は直接彼が来た訳では無いし、草野にももうこの手の話は受けないと伝えたはずだ。よって、捜査協力はしない。以上。…言い忘れた、人間として最低限の義理は果たすが、人間であると同時に僕は物理学者だ。僕は君に義理はないし、無駄なことは嫌いだ。」  言い方に理系の学者特有の冷たさがあった。文系の私にとってはもっとも腹の立つ口調である。だんだん私の胸が熱くなっているのが分かった。  「話だけでも聞いて下さい!私達、警察だけじゃ分からないんです!死体の第一発見者が妙な証言をしてて…喋ったって!死んでいるはずの被害者のアナルが喋ったって言ってるんです!どうしていいか分からないんです!お願いします!」  最後の方は絶叫に近かった。  「クククククッ…アッハハハハハハ!」  後ろで笑い声が響く。聞いていた栗斗利須の声だ。  「ねぇ、君本当に刑事?馬鹿じゃないの?アナルが喋ったって…クククッ…普通さ、有り得ないってわかるじゃない?」  可笑しそうに、そして非常に馬鹿にしたように栗斗利須は言った。それを聞いたら、急に力が抜けてしまった。  有り得ない…私も心の中では同感だったからだ。湯原も栗斗利須も嫌な奴だが、いくらか栗斗利須とは気が合うところもあるかも知れない。
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