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「俺に攻撃を喰らわせた人間はアシュレイ王以来覚えがないな。短い時間だったが、十分楽しませてもらった」
「──!?」
虚ろな瞳に、再び黒き影が覆い尽くす。
ばっと振り返った龍也の視界に映ったのは、ローブを脱ぎ捨てた時の姿である男と、男に抱き抱えられた眠りにつくミルフィ。
その時、龍也の背後でぼふっと小さな音が鳴る。
龍也はそれを見つめることはなかったが、そこにはつい先ほどまで倒れていたはずの男の姿はなく、漆黒のローブだけが空しく波に揺られていた。
絶望的な変貌を遂げながらも、正気を保っていた龍也が気付かないはずもない。
男は龍也が使っていた黒霧の塊による分身を真似たのだろう。
今にも龍也の身体からゆらりと黒霧が溢れ出しそうな中、男は静かに釘をさす。
「これ以上お前たちに危害を加えるつもりはない。もっとも、お前の出方次第だがな」
正気を保っていると見抜いたからこその言葉に、龍也はぴたりと止まる。
そうした中、男は一瞬ミルフィに目線を落とした後、すっと龍也を見据えながら思いがけないことを言い放った。
「本来ならこのまま連れて行くつもりだったが、気が変わった。こいつはお前に預ける」
「!」
その直後、男の腕の中で眠るミルフィの身体がふわりと宙に舞う。
一体何を企んでいるのか、思わずそう思ってしまうほどに男の言葉は意外であり、そして嘘偽りなどなかった。
ゆっくりと宙を舞い、龍也の目前の空間で浮遊しながら静かに静止するミルフィ。
あまり生気のある顔とは言えないまでも、確かな命の息吹を発している穏やかな息遣いが耳を掠る。
どのような企みを男が抱いているのかは定かではないが、これだけははっきりと言える。
目の前で安らかに眠るミルフィは確実に、本物だった。
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