漆黒の狂い人

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「お前は俺の期待に大いに応えた、その功績と言ってもいい。だが勘違いするな、その程度でそいつを託すほど俺はお人好しじゃない。あくまで一つの選択肢を与えたに過ぎない」  どこまでも真剣味を帯びた眼差しに、冗談を交えている色はない。  一つの大きな覚悟を決めている、凛然たる顔つきが淡い光によって照らされる。 「お前の覚悟を問う。何があっても、たとえ己の人生全てを擲ってでもそいつを護り続ける覚悟があるのなら、そいつの手を取れ」  凛とした美声が湖上に響く。  ミルフィを巡る覚悟の問いに、龍也の答えはすでに決まっている。  何の迷いの色も浮かべず、龍也はゆっくりとミルフィに触れようとした刹那。 「ただし、偽りの覚悟には死を伴わせる。お前の意志が覚悟を決めていようとも心の奥底に潜む本心は隠せない。心の奥底から確かな覚悟を持っているか否か、表面上には現れない覚悟によってお前の生死も委ねられている。それでもお前は、その手を差し出す覚悟はあるか?」  ぴくりと龍也の動きが止まる。  ミルフィの運命と龍也の生命、その尊い二つを委ねられた覚悟を問われた龍也の瞳に、小さな陰りが現れる。  自分でも感じ取ることの出来ない真意の覚悟がいかほどのものか、意志とは違う結果であれば、このまま命を失いかねない。  かと言って手を引っ込めれば、字のごとくミルフィは男に連れ去られていき二度と会うことはないかもしれない。  死の恐怖に駆られミルフィを諦めるか、死の恐怖と立ち向かいながらも予測不可能な道に賭けるか、いずれにしても生半可なリスクでは事足りない結果を生むことになる。  一ケ月ほど前は普通の高校生として過ごしてきた龍也に、命を賭した決断はあまりにも重過ぎる──はずだったのに。    
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