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この上ない静けさ漂う空間がどこまでも続き、水が滴る微かな音さえも耳をくすぐる。
いつの間にかすらりと立ち尽くしていた龍也の茫然とした眼差しがゆっくりと宙を舞う。
黒き影が完全に晴れた澄んだ瞳に疲れ切った色がにじみ出ているのがよく分かる。
果てのない闇から目覚めた時、全てが終わっていた。
今にも倒れ込みそうな龍也のそんな瞳がそっと、自らの足元へと向けられた。
「…………」
真意の覚悟に導かれ、傍らで一人の少女が安らかに眠る。
舞い上げられた冷たい水を全身に浴び、水滴を垂らす濡れた髪が水面で波に揺られていた。
濡れた無表情の寝顔が龍也の虚ろな眼差しでゆっくりと擦られる中、ふと龍也はおもむろにポケットから何かを取り出した。
その手に握られていたものは、ミルフィへの感謝の気持ちを込めて買った、あの漆黒のリボン。
貰ってくれた時、ミルフィは一体どのような反応をしてくれたのだろうか。
気に入ってくれたのだろうか、喜んでくれたのだろうか、はたまたリボンは趣味じゃないと言われてしまうのだろうか。
今となってはそんな些細なことも見ることさえ叶わない、空しさの象徴がその手に佇む。
「……ミルフィ」
数十分。
たった数十分前までは、可愛らしい笑顔を振りまいていたミルフィ。
今頃になって、どんなに小さな一挙一動までもが龍也の心を震わせる。
大切なモノは失って初めて気が付く、あまりにも滑稽な話だ。
ゆっくりと、龍也は空を見上げた。
わずかに細められる虚ろな瞳には今、一体何が映っているのだろうか。
それを知るのは龍也のみ。
ただ一つだけ、はっきりと言えることがある。
もはや龍也の瞳に、以前の輝きは見当たらない。
寂寥たる雰囲気に包まれて、輝きを失った龍也の瞳は天を仰ぐ。
涙さえも浮かばない龍也の想いが、そこに佇んでいたのだった──
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