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どのくらい見つめ合っていたのだろう?
しばらくして、その男が話かけてきた。
「雪乃…」
どうして名前を?
不思議と恐怖や畏怖は感じない。
逆に惹き付けられるような感覚に、雪乃は瞬きをする事さえ忘れ、男を見続けた。
男は雪乃に少し近づいて続けた。
「私はこの場所を護る者。怯えなくていい。私はこの場所…龍神に頼まれてきた」
「…え?」
雪乃は男の言葉に我に返った。
「私は人間の姿をしているが、人間ではない。…この頃父親の具合が悪いのだろう?」
確かに父親の具合が悪く、雪乃は滝に『願掛け』をしていた。
毎日寄るのだから、日課のように。
「…どうしてそれを?」
男がふっと優しく笑った。
「信じられないのも無理はない。無理に信じなくてもよい。」
しかし雪乃は何の根拠もないが、その男の不思議な雰囲気にのまれ、信じざる得ない気持ちになっていた。
「…はい。確かに私は願掛けをしました」
男は雪乃に近づいて雪乃に薬を手渡した。
雪乃はただ、事の成り行きにぽかんとして男を見ているだけだった。
「父親に飲ませなさい。すぐに効くはず」
雪乃ははっとして手の中の薬を見た。
「あ…ありがとうございます」
雪乃は薬を受けとり、頭を下げた。
ゆっくり顔を上げると男の姿はもうなかった。
雪乃は瞬きを何回もして周りを見渡したが、男の姿はなかった。
ただ風がそよぎ、滝が静かに流れているだけだった。
雪乃は薬を握り締め、その場をゆっくりと離れた。
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