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「ッ……」
姉の小さく息を飲む音が聞こえた。本当は悲鳴を上げたかったのだろう。
降りてくる誰かに対しての悲鳴か、明かりによって浮かび上がった、部屋の中の狂気的なものに対する悲鳴か。
その点で言えば、猿轡に感謝しなければならない。
私の頭は恐怖で麻痺を始めたのか、ひどく冷静に、降りてくる誰かを見つめていた。
それは、陰気な顔をした『火喰い飯店』の店員だった。
そしてもう一人、上から覗いているのは、隣のマンガ喫茶の店員だ。彼は上からロープを降ろしている。
『火喰い飯店』の店員は、天井から鈎でぶら下がっている“パーツ”を降ろし、腰にかけた麻袋に入れていく。
麻袋がいっぱいになると、それを垂らされたロープの先に括り付けて軽く引っ張る。それを合図に、マンガ喫茶の店員が麻袋を引き上げていく。
『火喰い飯店』の店員は、麻袋が完全に天井の穴に引き上げられたのを確認すると、自分もまた梯子を登っていくのだった。
穴の向こうから声が聞こえる。さっきより近い。
「何もたもたしてんだい! 今日の仕込みが間に合わないだろ!! それを運んじまったら、昨日仕入れたやつの下拵(ごしら)えをするんだよ」
その声に聞き覚えがあった。そう、あの気の良いおばさんの声だ。
下拵え……。
その言葉はすごく嫌な響きを含んで、私の内側を踏み躙(にじ)る。
それは姉も同じようで、唸りながら必死に私に訴えかけてきていた。
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