時間という名の強迫観念

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私はまた動けなくなっていた。 脚が震え、力が入らなくなってくる。涙が滲む。 しかし、そんな滲んだ視界の端を、影が横切った。 と同時に、私の身体に密着していた汗ばんだ姉の身体が離れて、私は急激に心細さを感じる。 私は慌てて、その影を目で追った。 それはまるでスローモーションだった。 姉が大きな肉切り包丁を振り上げ、近くまで来ていた店員に振り下ろしたのだ。 店員は、驚いたような、でも何が起こっているかまだ分かってない、間の抜けた表情を浮かべている。この非常時にも関わらず、それが私の目には滑稽に映っていた。 次に、姉に飛び散る赤い飛沫。 店員の呻き声と、それに反応して振り返る、もう一人の店員。 姉が包丁を引き抜き、もう一度振り下ろす。 血飛沫が更に飛び散る。 もう一人が、変な喚き声と共に駆け寄ってきた。 姉はまだ目の前にしか集中していないように見える。 私は今にも崩れそうな膝に力を入れた。そして気力を奮い起こし、こちらに駆けてきている店員に突進していった。 私もまた、獣のような意味のない唸り声を上げているのだろう。 そこで漸く全てが噛み合い、時間の流れが正常に戻ったように感じたのだった。
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