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さて、その有名人であるが、確かに沛県に来ていた。
呂公と呼ばれる男で、ここ沛県の北に位置する『単父』という町に住んでいた人間である。
単父の町では名士として知られていたが、ある事情で人を殺してしまったため、仇討ちを避けてはるばる沛県まで流れてきた。
と、ここまで書けばほとんどの方がお気づきであろう。
その呂公と呼ばれる名士とは、読者諸兄には冒頭でおなじみ、死に損ないのボロ雑巾のことである。
外見はそこらの乞食とそうかわりはないのだが、一応少しは名の知られた男、沛県では町全体で歓迎されることになったのであった。
ちなみに呂公の“公”とは名前でなく、敬称のようなもんである。
不良がよく使いそうなポリ公だとか先公のような侮蔑の意味を含んだ“公”では断じてないし、ましてや“忠犬ハチ公”と同じ意味などあろうはずがない。
しかしながらこの男、名前が諸説ありはっきりしないので、これ以後“呂公”を名前として使用させていただくことにする。
ボロ雑巾改め呂公の一行は、人々の歓迎ぶりに驚きを隠せない。
しかし娘達はまんざらでもないらしく、特に姉の肉ダルマは、酒を注がれると上機嫌な様子で応じていた。
「さあさ、父上もお飲みなさいませ」
肉ダルマは、叱責していたときとは全く違う口調で呂公に話しかける。現金な奴である。
だが、呂公の方はすでに意識があるのかないのか定かではない。油断して失禁などしないことを願うのみである。
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