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要するにこの男子生徒は、私が部室楝の日陰に座り込んでいるのを見て、体調を崩していると勘違いしたらしい。
見ず知らずの生徒のために、態々この暑い中を息切れするくらい走って来るとは中々のお人好しだ。
「…大丈夫よ。ただ座ってただけだから…」
視線を逸らし、努めてぶっきらぼうに言う私に対して、大分息が整った彼は上体を起こし額の汗を右袖で拭いながらー。
「それは…良かったです」
それは私のぶっきらぼうな物言いなど聞こえていないかの様な、純粋に喜ぶ様な声色だった。
「…それでは」
そして、彼はそう言うと踵を返し校舎の方へ歩き出すー。
「…あっ」
―かと思いきや、彼はそんな声を挙げると鞄の中から新品のミネラルウォーターを取り出して私の前に置いた。
「良かったら飲んで下さい。…暑いですし」
そう言って誰をも癒せる様な笑顔を浮かべる彼は、色白で整った顔だが、イケメンというよりは男前のどこかワイルドな雰囲気の顔に、本当に優しい瞳を有していた。
そして、その仕草はとても紳士的で、学生服を着ているにも関わらず大人を感じさせる。
一言で言うなら、とても不思議な雰囲気の男子生徒であった。
彼は何も言わないでいる私を余所に校舎の方へと歩いて行く。
それをボ~と見ていた私は暫くしてハッとした。
考えてみれば、このミネラルウォーターを貰う必要がない。
「ちょっと…」
慌てて立ち上がり声を挙げた頃には、彼の姿は既に呼んでも届かないくらい小さくなっていた。
私は最速手を戻し、膝から落ちた鞄の持ち手を掴み上げると、先程の男子生徒が置いていったミネラルウォーターを拾う。
(…何と無く気にはなったけど、追いかける程では無いわね)
それに、これ以上漆川を待たせるのはマズイだろう。
理由は違うにしろ、ようやく重たい腰が上がったのだから、今という期を逃す訳にはいかないー。
「…行くしかないわね」
私は自ら奮起をするべくそう呟くと、新品のミネラルウォーターを鞄に入れて、部室楝の裏へと向かった。
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